わたしの帰る場所

30代独身女性。日々のこと、心の変化などを。

30歳独身女性。
国立大卒の地方公務員。
容姿は、自分のなかでは中の上と下をいったりきたり。
端から見てる分には悪くなさそうですが、心にずっと色んなつかえがありました。
30歳になり、将来と自分の姿が鮮明になってきています。
安定しない心を抱えつつ、少しずつ前を向いきたい、生きる自信をつけたい、そんな気持ちを綴るブログ。

家族という病

こんなこと自分で言うのもなんだけど、


わたしは家族で一番性格がいいんですよ


姉は、ふとしたことですぐに不機嫌になるんです

家族旅行とかでも、急にね

いつも機嫌を取らないといけない


妹は反抗期の時いちばん頭がおかしくて

両親に、靴下履かせろ

眠いから部屋まで連れて行け

とか平気で言って、部屋で爆音の音楽かけて

嫌がらせしてくるような奴です


父は、共産系で左寄りです

自衛隊、皇室、アメリカ、創価等々が大嫌いで

テレビにそれに関するものが映れば文句を言って

番組を変えられ、お笑い番組はバカになると言っていつも小言を言っていました

モラハラの気質があるので、ここはお父さんの家、嫌なら出ていけ、とよく言っていました

思想が偏っていて、自覚なく強要するタイプです


経済的理由から大学進学できず、会社で嫌な思いをしたために、私には国立大に行くよう強要し、

私学にお金は出さないと言い

私はノイローゼになって父の希望に応えましたが


妹に対しては、この子は頑張れないからと

妹はあっさりと私大に行きました


母は共感性がなく、何も考えてない人です

私の繊細な機微は伝わりません


なにより母方の祖母が

私に取っては一番の害悪で、


婚姻中にも関わらず母と子供を作った父なので、

父に感じが似た私に、怒りの矛先が向いたのか


私だけに意地悪するゴミ屑で

私はよく叩かれたり、叱責されていました


わたしはいつも家の中を回そうとしていました

壊れないように、仲良くいられるように


しかし

大人になっても思えば、

そんな歪んだ集団の顔色を伺い、

尽くしたばかりに


私が一番に病んでしまいました


いまとなっては

家族は病んだ私を腫物のように扱います


まるで

大人になってから、

私が家族を壊しているかのようです


散々好き勝手したくせに

今更になってあいつらは


我々はまともな人間みたいな面して


自分たちは家族だよね

家族らしく、しようよ?

といわんばかりなのです


少なくとも私には、そう見えるのです



わたしが一番まともだったのに


壊れてからは、

私がおかしいかのようになっています



父と妹は、殺したいくらい憎かったです


祖母に関しては人間だと思っていないようで


セラピーで祖母を思い浮かべた時、

祖母は大きな鬼の顔をしていました


あれだけは家族でもないのです



家族を殺したいくらい憎いなんて


私がおかしいのかと

自分を責めた時期もありました



しかし

普通はそんな気持ちにはならないものです



誰がこんな気持ちにさせたのでしょうか

 



家族です



明るく助け合う家族のイメージが持てず、


家族というのは自己中の集まりで

私の中では重く面倒なものでした


だから私だけ1人、

結婚できず独身なのです


本当は誰よりも温かい家庭を求めていたのに、

です

楽しくない人生

友達がほしいな


泣きたい

青い鳥

何もかも嫌で壊してしまいたい


自分が出せなくなった


いつからなのかは もはや分からないが


喜怒哀楽が スムーズにできない


勉強して良い仕事についたし


綺麗な部屋にも住んでる


形は一応彼氏もいるが


しかしすべて砂上の楼閣というか


形だけなのよ



温かい家庭を持つという望み


心許せる ばかみたいな交友関係


自分は自分でいいという感覚


楽しいと思うこと 笑い合えること


一口に言うと 温かい心の交流


それがまぁ永遠にこないわけ




あとは 才能


人生における使命のような物 


なんなら悲劇的でもいい 


だがそれもない





砂の上にずっと何かを建てている


足場が弱くて いつでも崩れる






ハッピーオーラが出せる人間になりたかったな


自分ではない何かに 


いつもなりたいと思っている